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ファンタン=ラトゥール 《 バティニョール街のアトリエ 》
《 バティニョールのアトリエ 》  1870年 アンリ・ファンタン=ラトゥール
Un atelier aux Batignolles. / 1870
Henri Fantin-Latour 1836-1904
マネ、ゾラ、ルノワール、モネ、そしてバジールが登場するこの絵は、マネへのオマージュ・・・
そして、ある分かれ道・・・
Musée d'Orsay, Paris, France. 蔵 204.0cm×273.5cm )

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2006年9月29日 ( 金 ) から始まった、神戸市立博物館での 『 オルセー美術館展 -芸術家たちの楽園- 』。
待ちに待った展覧会で、僕の仕事は丁度、期末・期首の超多忙期だったのですが・・・
このような超有名な美術館や画家の名を冠した美術展は、非常に混んで、絵をゆっくり観られないことが予想され、
それを避けるには、長い会期の初期で平日、そして朝の開館直後か夕方の閉館直前に行くというのが、コツかと思われ・・・
展覧会は9月末に開かれていますし、忙しい、忙しいと・・・ かと言って会期の初期に行くのがコツだし・・・
などなどなど・・・ 少々焦っていたのですが、そこはそれ、忙中閑有り (=^-^=)ノ
と言うか、行きたい一心で無理やり時間を作ったという説もありますが、この10月4日に行って来ました (^_^;)
 
今回の展覧会の楽しみと言えば、すでに壁紙にしていますが、マネの 《 すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ 》 や、
そのベルト・モリゾの 《 ゆりかご 》、それにこれはまだ壁紙にはしていないのですが、
ルノワールの 《 ジュリー・マネ 》 でした。
《 ジュリー・マネ 》 は、マネの弟であるウジェーヌ・マネとベルト・モリゾとの間の一人娘の肖像画で、
そんなベルト・モリゾ関連の絵が3点、そろって来てくれたんですよね。
僕はベルト・モリゾが大好きで・・・ 絵ももちろん好きなのですが、彼女の人となりや生き方が大好きなんです。
それでこのモリゾ関連の3点が、一番の楽しみでした。
ですから、まだ壁紙にしていないルノワールの 《 ジュリー・マネ 》 は、もちろん壁紙にして掲載いたしますが、
それは後ほど・・・ と言うことで、今回はファンタン=ラトゥールの 《 バティニョールのアトリエ 》 にします。
この絵も、今回の 『 オルセー美術館展 』 に来てくれて、本当に嬉しかった作品のひとつなんですよ。
 
オルセー美術館と言えば、世界に冠たる印象派コレクションですよね。
アンリ・ファンタン=ラトゥールは印象派ではなくフランス・ロマン派に分類されますし、
この 《 バティニョールのアトリエ 》 も、決して印象派を想像させるような技法では描かれていません。
しかし、今回の 『 オルセー美術館展 』 の特集で、一番最初にこの絵を壁紙にしたいと思ったのは、
この絵が描いている対象、そしてこの絵を描いたファンタン=ラトゥールという画家が、
印象派を語るには欠かすことが出来ない存在だからなんです。
 
 
マネの4歳年下、モネの4歳年上・・・
そう、ファンタン=ラトゥールは彼らと同世代で、印象派を最も良く知る男でした。
 
ファンタン=ラトゥールは、1836年、グルノーブルに肖像画家の子として生まれます。
5歳のときにサンジェルマンに移り、14歳で街の画塾へ、そして国立美術学校へ進みますが、
その伝統的な教えに飽き足らず、彼はルーヴルで巨匠たちを模写することによって、絵画技術を学ぼうとします。
後にファンタン=ラトゥールはマネ
「 ルーヴルの名作を模写しつくせば、きっと僕らもサロン ( 官展 ) で成功する・・・ 」
と語っていますが、これは彼のルーヴルへの思い入れの強さを物語っているようです。
それは古典への、そして古典的権威への賞賛にも繋がることでもあるのでしょうが、
肖像画家であった父親の影響もあったのでしょうか・・・
思えば彼の生涯の友となるマネや、アメリカ人でパリとロンドンで活躍したホイッスラー ホイッスラーの絵 、それにドガベルト・モリゾなどとも、
このルーヴルでの模写を通じて知り合って、彼の画家人生の進路を決めることになるのですから、
ルーヴルが彼に与えたものは、模写による技術的な成熟のほかにも、非常に大きなものがあったのですね。
 
ルーヴル・・・ ルーヴル・・・  そして、サロン・・・ サロン・・・
 
サロン ( 官展 ) は、当時のパリで唯一と言っても良い絵画発表の機会でしたし、
サロンで高評価を得ることは、画家としての生活が保障されることはおろか、名声を得る絶対条件でした。
新進画家のファンタン=ラトゥールは、もちろんサロンへの野望も大きく持っていたでしょう。
 
17世紀にルーヴル宮殿の一角、サロン・カレで、王立彫刻美術アカデミーが開いた展覧会・・・
それがサロン ( 官展 ) の始まりでした。
この19世紀半ばのサロンでは、一応誰でも出品することが出来る規定でしたが、やはり展示場の広さは有限であり、
出品される作品全てを展示することは出来ませんでしたから、おのずと審査がなされます。サロンで出品作品を仕分けする風景
審査員は、パリ画壇ですでに名声を得ていた画家たちが任命されましたが、審査員たちが大御所であるということは、
それはどうしても、審査の目自体が保守的な傾向を持つということです。
 
そうしたものへの思い入れの強いファンタン=ラトゥールは、やはり古典的な考え方の人物だったのでしょうかね。
しかし彼がルーヴルで知り合ったマネは、違っていました。
どんな批判・非難を受けようとも、神話世界よりも 「 現代の人々 」 の方が美しいのだと、
パリの酔っ払い アプサントを飲む男娼婦を描き、神話世界を現代に置き換えて描き続けたマネ
そうしたマネでしたが、しかし彼は、ファンタン=ラトゥールを心底認め、
ファンタン=ラトゥールが、他の若い画家たちからどんな辛辣な批評を受けようとも、
これもマネだけは、彼の絵のことを 「 素晴らしい 」 と賛辞を惜しまなかったそうです。
ファンタン=ラトゥールも、絵画技術的にはアカデミックなものから出なかったのですが、
彼はクールベやドラクロワ ドラクロワの絵を見る に心酔していましたから、絵画の対象には、
マネと同じく 「 現代 」 にこだわった画家でもあったのですね。
 
・・・ マネとファンタン=ラトゥールと印象派 ・・・
 
マネの周りにはいつしか、その数々のスキャンダルにも負けずに自分の芸術を推し進める姿勢に憧れて、
若い画家たちが集まって来ていました。 そうして自然発生的に、あるグループが形成されていたのですね。
ファンタン=ラトゥールは、そんなマネを中心としたグループに 「 巻き込まれた 」 という表現が正しいのかどうか・・・
あるいは、様々な価値観が交錯していた、排他的という言葉が似つかわしくない時代の、美徳の発露なのでしょうか、
彼らのグループが集って、新しい絵画、新しい芸術などを盛んに議論した集いに、ラトゥールも参加するようになります。
 
今はもうありませんが、当時のパリにはバティニョール街という街区がありました。
そこにマネのアトリエがあって、その近く、クリシー通りに面した場所に、それ・・・ 「 カフェ・ゲルボワ 」 はありました。
 
マネは、自分のアトリエに近かったこともあり、カフェ・ゲルボワの常連で、いつしかそこは、
マネを囲む若い芸術家たちが集い、芸術論を闘わせるようになっていったのです。エドゥワール・マネ 《カフェの内部》
 
後にこの時期のこのグループのことを、ゲルボワ派だとかバティニョール派などと呼ぶこともあるようですが、
集まったメンバーには、後に印象派の中核をなす人々が多くいました。
いつも辛辣な批評で物議をかもした毒舌のドガ
マネとドガとの議論に、唯一口を挟めた青年、バジール
いつも冗談を言っては皆を笑わせた、ルノワール
最年長のピサロは、芸術論よりも政治談議に情熱を燃やしたとか、
モネはひとり離れて、静かにタバコをくゆらせながら議論を聞いていたとか、
セザンヌは、意見が合わなければすぐに席を立ったとか・・・
様々な伝説を生んだ 「 カフェ・ゲルボワ 」 での議論は、彼らの後の展開に重要な役割を果たしたようです。
 
今回の壁紙の絵、《 バティニョールのアトリエ 》 は、そんな時期のそのグループを描いています。
画架に向かって座るマネ マネ を中心に、左から、ドイツの画家オットー・ショルデラー。ショルデラー
その右で、帽子を被って、うつむくようにマネの絵に見入っているルノワール。ルノワール
マネに向かうように椅子に座っている彫刻家であり詩人、批評家のザカリー・アストリュック。アストリュック
アストリュックの右上に見えるのが、マネや印象派擁護の論陣を張った自然主義文学の代表的小説家、エミール・ゾラゾラ
その右が音楽家のエドモン・メートル。メートル
その右に、この年の普仏戦争で戦死する、心優しい長身の画家フレデリック・バジール。バジール
彼がもし生きていれば、きっと印象派の中核をなす画家として大成したことでしょう。
そして一番右端に、モネ・・・モネ
実に錚々たるメンバーですが、この頃には皆、ほとんど無名の存在なのですね。
 
画面の左端のテーブルには、芸術をつかさどる女神・ミネルヴァの像。
そして彼らの日本美術への称賛をあらわす、陶芸家ブヴィエの日本趣味の七宝壷が置かれています。七宝の壷と女神・ミネルヴァ
 
ところがこのテーブル、実は下絵には別のものが描かれているんですね。
その部分を削ってまで、このテーブルを描き込んだことに、
彼らの美術論が、どんな風に展開されていたのかを想像させますね。
 
ところが・・・ ところが・・・ ところが・・・
グループでは新しい絵画を論じていましたが、そのグループを、ファンタン=ラトゥールが保ち続けた
落ち着いた色調と堅牢な画面構成で・・・ 彼独自の個性で描き上げたこの絵は・・・
出品されたサロン ( 官展 ) で、思いがけずも輝かしくも、三等を受賞してしまうのです。
そしてファンタン=ラトゥールは、この一件で、よりサロンに力を注ぐようになるのですね。
 
ゲルボワの他の仲間に、この年の普仏戦争とパリ・コミューンの騒動以来保守色を強めたサロンに不満が深まり、
自分たちだけの展覧会をサロンに対抗して開こうじゃないかとの議論が噴出するのも、これと同時期にあたります。
そして1874年4月、正式には 『 画家・彫刻家・版画家など、美術家の共同・出資会社による第一回展 』 と名付けられた
第一回目の印象派展が開かれるのです。
 
サロンに力を注いでいたファンタン=ラトゥールはもちろん、この展覧会には参加しませんでした。
印象派展に参加する芸術家はサロンへの出品が出来ないような、
そんな頑なな対決姿勢を表した約款が取り決められていたからです。
ファンタン=ラトゥールの説得もあったからでしょう、マネも、「 サロンこそが闘いの場だ 」 と言って、
印象派展には参加していません。
マネもファンタン=ラトゥールも、以後一度も印象派展に参加することなく、生涯サロンで闘い続けるのです。
 
「 ファンタン=ラトゥール? イギリスで大変な評判らしいね。でもねぇ、風趣に乏しく、ほとんど着想もない・・・ 」
ドガは、後にこう酷評します。
「 サロンにファンタンの作品を見に行ったの。 そしたらとんでもなく高いところに飾られていて、惨めだったわ 」
ベルト・モリゾも、そんな話をしていました。
共にゲルボワで議論した日々は、遠く去っていました・・・
 
ファンタン=ラトゥールは、アカデミックな手法で堅実な絵を描く画家でした。
彼の才能は、花などの静物画に、そして彼独自の肖像画 マネの肖像 にいかんなく発揮されています。
イギリスで大変な人気を集めた花は、「 薔薇の花を描かせたら右にでる者はない 」と称えられ、
後に 「 花の画家 」 とも呼ばれるようになり、彼が描いたバラを模して、
新しい 「 ファンタン=ラトゥール 」 というバラの品種が作られたことでも有名ですね。ファンタン=ラトゥールのバラ
 
 
さて、次回は、やはり今回の 『 オルセー美術館展 -芸術家たちの楽園- 』 に出展されていた作品で、
今週の 《 バティニョールのアトリエ 》 と同じく、印象派草創期の錚々たるメンバーが居るアトリエを描いた、
フレデリック・バジールの作品をご紹介したいと思います。 これも描かれている対象が気になる作品です。
お楽しみにね (=^-^=)ノ
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2006〜2007 オルセー美術館展 - 19世紀 芸術家たちの楽園 - 特集壁紙
アンリ・ファンタン=ラトゥール 《 バティニョール街のアトリエ
フレデリック・バジール 《 バジールのアトリエ、ラ・コンダミヌ通り
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《 ジュリー・マネ ( あるいは猫を抱く子ども )
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《 絵筆を持つクロード・モネ
クロード・モネ 《 アパルトマンの一隅
クロード・モネ 《 アルジャントゥイユの船着場
ギュスターヴ・モロー 《 ガラテア
ヴィテスラフ・カルル・マチェック ( カレル・マセク ) 《 預言者リブザ
エドゥワール・マネ 《 ブーローニュ港の月光
アルフレッド・シスレー 《 洪水と小舟
フィンセント・ファン・ゴッホ 《 アルルのゴッホの寝室 》 ( オルセー美術館のヴァージョン )
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オルセー美術館展に出展されていて、壁紙として、過去に既出だったもの
エドゥワール・マネ 《 すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ
ベルト・モリゾ 《 ゆりかご
フィンセント・ファン・ゴッホ 《 アルルの寝室 》 ( シカゴ美術館にあるヴァージョン )
 
参考壁紙  マネの 《 エミール・ゾラの肖像
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GoogleAdSense という広告システムをつけてみました。
Googleがページを精査して、各々のページにマッチした広告が、プログラムによって自動的に掲載されるそうです。
意外なグッズ広告が載ったりするかも知れませんね。 僕は美術展に行っても、ミュージアム・ショップに立ち寄るのが大好きです。 だから、どんな広告になるのか、ひそかに楽しみなんですよ (^_^;)
アクセスする度に、違う広告がついているかも知れないですね (=^-^=)ノ
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