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エル・グレコ 《 十字架を抱くキリスト 》
《 十字架を抱くキリスト 》  1597-1607年頃 エル・グレコ、( 本名:ドメニコス・テオトコプーロス )
Cristo abrazado a la Cruz. / c. 1597-1607
El Greco ( Domenikos Theotokopoulos ) 1541-1614
キリストの目に宿る星は、何を語るのか・・・ 十字架を抱く優しい手は、何を語るのか・・・
Museo del Prado, Madrid, Spain. 蔵 108.0cm×78.0cm )

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今週も、『 プラド美術館展 −スペインの誇り 巨匠たちの殿堂− 』 特集の4週目として、
エル・グレコの晩年の名作を壁紙に加工しました。
展覧会には4点のエル・グレコが来ていましたが、やはり倉敷の大原美術館にある名作 《 受胎告知 》 のせいでしょうか、受胎告知
同じ晩年の作で、その筆致や色使いや、写実よりも誇張・・・ そのような作風に惹かれて、
この 《 十字架を抱くキリスト 》 を一番に、壁紙にしたくなったんですよね (^_^;)

1580年代の後半頃から始まるこのエル・グレコの様式・・・
極端にデフォルメされて炎のように波打つ人体、光と影の強い対比、大胆で奔放なタッチなど、
晩年に顕著になる彼の画風は、ホント、実に新しいですよね。
エル・グレコを知らなければ、この絵や大原美術館にある 《 受胎告知 》 は、19世紀末から20世紀初頭にかけての、
ピカソに代表されるエコール・ド・パリの画家の誰かが描いたのだと言われても信じてしまいそうです。

それにこの 《 十字架を抱くキリスト 》 は、従来の受難物語の中のキリストの捉え方とは、ちょっと違っていますね。

カトリックの教会堂などでは、教会堂をぐるりと取り巻く窓のステンドグラスや、壁にかけられている絵画などに、
よく 「 十字架の道行き 」 と呼ばれるテーマが選ばれて描かれていることが多いです。
「 十字架の道行き 」 とは、イエスが逮捕され、罪に定められて茨の冠を被せられ、重い十字架を背負い、
エルサレムの街を処刑されるゴルゴダの丘まで、二度も転ばれながら苦しみながら歩かれる・・・・
そんなシーンを順々に連作のように描いているのですが、これらのシーンには、
人間の肉体を持って人々を救いに来られた神であるイエスさまは、人間と同じ苦痛と死の苦しみを自らに課し、
人々の重い罪を背負って贖いをなされたのだという、キリスト教の教義の根幹が描かれています。
だからクリスチャンは、教会堂に飾ってあるそのような絵を一枚一枚見ながら歩き、
キリストへの感謝と、信仰を誓うのですね。

キリストへの感謝は、自分が贖わなければならない罪を、キリストが自分の身に代わって負ってくれて、
自分を救ってくださった。 自分の苦しみを、代わって負ってくださった・・・
そんなところにあるんですよね。
だから、どんな教会堂の 「 十字架の道行き 」 でも、本家本元のエルサレムの 「 十字架の道行き 」 の
巡礼路でも、キリストが、照りつける太陽の下で、茨の冠から血を流し、全身から脂汗を流しながら、
耐え忍んで、十字架を背負って歩いている姿、そして転んで苦しんでいる姿を示そうとしています。

ところがこのエル・グレコの 《 十字架を抱くキリスト 》 はどうでしょう。
横木を短くして十字架を軽く描いていますね。
その十字架を抱くキリストの手は、まるで十字架をいとおしむようです。
ひし形にして、これも軽く感じられる光輪。
茨の冠は写実的に描かれていますが、締め付けるような厳しさは感じられません。
キリストの顔は目にホワイトを重ねて星を入れ、まるで少女マンガのように輝いています。

キリストはこの道行きの後、背負ってきた十字架に磔にされ、死ぬのですが、その3日後に蘇えります。
当然キリストは、この道行きの段階でそのことを知っていましたが、しかし肉体的苦痛は、
普通の人間と同じように受けているのです。
他の 《 十字架の道行き 》 では、苦痛を受ける恐怖と、実際的苦痛の方に重きを置いて見ているのですが、
このエル・グレコの 《 十字架を抱くキリスト 》 では、人々の救済と3日後の復活への希望に重きを置いているのでしょうか。


エル・グレコ・・・ これは古いスペイン語で、「 ギリシャ人 」 と言う意味で、決してエル・グレコの本名ではありません。
本名は、ドメニコス・テオトコプーロス。
このスペインのトレドで活躍した画家は、クレタ島出身のギリシャ人だったのです。

クレタ島で彼はイコン画家として、すでに20代前半には親方として独立して活動していたようです。イコン
イコンとは、神や天使や聖人を記念し象徴として模られた絵や像で、敬拝の対象とされるものです。
主に東方正教会ではこれを重視して、画家にも絵自体にも、厳しい規定を定めています。
ちなみに今僕らがPC上で用いている 「 アイコン 」 と言う言葉の語源も、
このイコン ( ギリシャ語ではエイコーン ) に由来します。

すでにクレタ島で一人前のイコン画家として認められていたエル・グレコですが、誇り高い彼はそれだけでは飽き足らず、
1567年頃、ルネサンスの中心地で、華やかに芸術が咲き誇っていたイタリアで絵画の修行をするために移ります。
彼は初めヴェネツィアに行き、ティツィアーノ工房の周辺で修行したようです。
このときに接したティツィアーノやティントレットなどのヴェネツィア派の色彩主義は、
終生、彼の方向性に影響を与えています。
その後1570年にはローマに移り、ルネサンスとマニエリスムの美術様式・理論を学んだと言われています。

彼の性格を物語るエピソードが、ローマにあります。
今も名画の誉れ高い、ヴァチカンのシスティナ礼拝堂の天井画 《 最後の審判 》。最後の審判
このミケランジェロの名作は、ミケランジェロが6年の歳月をかけて完成させた超大作です。
ところがこの絵は、当初キリストが全裸で描かれていたため、教会から猛烈に非難をあびるのです。
そして教会は、この全裸のキリストに腰布を描いてほしいと、エル・グレコに依頼するのです。

エル・グレコは頑強に拒みました。
その理由は・・・ ミケランジェロの芸術作品に手を入れることなど出来ようはずもない・・・
僕らは当然そう想像しますが・・・
実は違ったのです。
彼は・・・
「 もし全てを葬り去るなら、新しく描いても良い。
ミケランジェロに少しも劣ることなく、それ以上に貞潔かつ上品に、しかも絵画的になるでしょう 」
と言ったというのです。

ローマの人々にとってミケランジェロの芸術は、神の手に掛かったもののようなものです。
そのミケランジェロを批判し、自分の方が優れていると言ったのですから、
ローマにいられなくなり、スペインに向かったのだという説もあるほどです。

彼はそれほどの自信家だったし、誇り高い人物だったのですね。

彼がスペインに赴いたのは、ローマにいられなくなったという説と共に、
当時、スペインのフェリペ2世が建設中だったエル・エスコリアル修道院兼宮殿での仕事を求めてのこと・・・
との説もあります。
しかし自信と誇りを持って臨んだマドリードでは、王の庇護を得ることが出来ずに、
その代わり旧都で信仰の中心地だったトレドに定住して、高位聖職者や知識人の支持を受けて
大規模な聖堂祭壇装飾を次々に手がけて、
16世紀から17世紀初頭にかけてのスペインを代表する宗教画家としての地位を築いた・・・
と・・・ 多くの美術書には、このように書かれているものが多いですね。

ところが、確かに彼の仕事には、大規模な聖堂祭壇装飾があるのですが・・・

例えばトレドの大聖堂・カテドラルの聖具室の祭壇を飾るために描かれた絵、《 聖衣剥奪 》。聖衣剥奪
この絵はエル・グレコがトレドに移って間もなく、37歳の頃に依頼されます。
当時は字の読めない人が多かったですから、宗教画には、そうした人たちにイメージで聖書を伝える役割がありました。
それ故に宗教画は、忠実に聖書に基づかなければなりませんし、教義の解釈を誤ることも許されません。
画家は、その聖なる仕事を成し遂げるために、時には断食し、時には瞑想し、文字通り全身全霊を傾けて描き上げるのです。

エル・グレコはこの仕事を成し遂げるのに、2年の歳月を要し、1579年、やっと完成にこぎつけます。
トレドという新天地で大きな仕事を成し遂げ、自信と誇りを持って納入した 《 聖衣剥奪 》 でしたが、
これが思わぬ展開になってゆくのですね。

彼は絵の報酬として、900ドゥカード ( 一年をゆっくり楽に暮らせる金額 ) を請求します。
ところがこの請求に対して、大聖堂側の反応は・・・
「 こういう絵を飾る訳にはいかない。したがってお金は払えない 」
と言うものだったのです。

理由の第一は、イエスよりも高い位置に群集の頭があるのは、イエスに対する冒涜である。
理由の第二は、この場所に3人のマリアがいるのはおかしい。

と言うものでした。

当時は、画家の社会的地位は今のように高くなく、芸術家というよりも職人という概念に近い扱いでしたから、
画家の芸術性などというものは少しも斟酌されることはなく、何よりも依頼主の満足する作品を描くことが要求されたのですね。
しかし誇り高いエル・グレコは、この対応に怒りを覚え、裁判に訴えて大聖堂側と戦いました。

ところがところが、ことがここに至って大聖堂側は、恐怖のカードを切ってきたのです。
この絵の 「 イエスに対する冒涜 」 、「 3人のマリアは聖書に忠実ではない 」 との理由で、
このような絵を描いたエル・グレコに対して、異端審問に付すと宣告したのです。
異端審問で裁かれると言うことは、恐ろしい数々の拷問が待っていますし、
異端の烙印が押されれば、股裂き、串刺し、火あぶり・・・ 考えられる限り残酷な刑が待っています。

エル・グレコは、折れざるを得ませんでした。

調停案で出された、350ドゥカードという値段で、大聖堂側と折り合ったのです。
大聖堂側は、異端審問という伝家の宝刀を、絵の値切りという極めて俗っぽい目的の手段に使ったことになりますね。
まぁ、当時の教会は、信仰を政治的な駆け引きにも、自分たちの俗欲を満たすためにも、
何でもありで使っていましたから、こんなものだったのでしょう。
どちらが異端なのか・・・・ 裁かれるべきはどちらなのか・・・・

これがケチの付き始めでしょうか、エル・グレコには、絵を描くたびに報酬をめぐるトラブルが付きまとうことになります。
あるいはエル・グレコの新しさ、そして彼の 「 芸術家 」 であるという誇りは、
当時の社会には認識しがたかったのかも知れませんね。
だからエル・グレコは、いつもお金に困っていたと言われています。
トレドでの生活は、借金と貧困の中で、絵を描き続けるというものだったそうです。
何年も何年も、依頼主と絵の報酬に関するトラブルが続いていましたし、いつもお金に困っていたので、
食料品や日用品、そして画材店など、あらゆるところに借金がありました。 だからいつもその支払いに追い立てられ、
自分が思っている値段よりもずっと安い値段で絵を売らなければならない・・・ 悪循環だったのですね。

イコン画家として認められていた故郷・クレタ島を棄て、さらなる絵画を求めてフィレンツェ、ローマに赴き、
自己の誇りから、そこで大成している大家を批判してそこにはいられなくなりスペインに渡り、
当初目指したマドリードでは認められずに、トレドに流れてきた・・・
トレドでは貧困と借金に付きまとわれ・・・
他に行こうにも、ひょっとして借金に縛られて動けない境遇だったかも知れませんね。

「 祖国を遠く離れて、わたしは何をしているのか・・・ 」
トレドでの生活は、こんな、何とも言えぬ焦燥の連続だったかも知れません。

しかしエル・グレコは、やはり誇り高い人物でした。
彼はひょっとして、開き直っていたのかも知れませんね。
理解出来ぬ者は理解出来ぬで良い。 俺は俺の芸術を追及する。
彼はそう考えながら、当時のレベルでは考えられぬほど現代的で斬新な、この晩年の画風に到達したのではないでしょうか。

さてさて、今週の壁紙 《 十字架を抱くキリスト 》 に目を移して見ましょう。
この絵でキリストは、重いはずの十字架をいとも軽やかに、そしていとおしむように抱いていますね。
その十字架を抱いている、キリストの手に注目してください。
エル・グレコの描く人物の、その手に共通した特徴があるのですが、この絵にもその特徴は見られますね。
それは、手の中指と薬指がくっついて描かれていて他の指は離れている、そんな不思議な手の形なんです。

この絵には、二つの秘密が隠されています。
ひとつは、その不思議な手の形。
そしてもうひとつは、最初の方でも書きましたが、一般的な十字架の道行きの解釈から外れて、
この絵のキリストは、十字架をいとおしむようにやさしく抱き、キリストの表情には苦痛が見られない。
それどころか、キリストの目は、まるで少女漫画のように輝いて希望に満ち溢れているという点です。

しかしその二つの秘密は、二つの異なった理由から描かれたのではなく、
エル・グレコの置かれた立場から、ひとつの結論に帰結すると、僕得意の独断と偏見と無責任で断じます。
それは・・・・ ジレンマ・・・・

イエズス会の創始者イグナティウス・デ・ロヨラ。
エル・グレコは彼を、こよなく敬愛していました。
ロヨラの著書に、『 心霊修養 』 という書物があって、エル・グレコの愛読書だったそうです。
その中の一節に、
「 手の指を開き、中指と薬指だけ閉じなさい。
困難に出会ったとき。絶望の淵に立たされたとき。その手を、痛み続ける胸に当てなさい 」
とあります。

困ったとき、絶望に襲われたときには、この手の形・・・
誰かが救ってくださる・・・ 彼は祈り続けたに違いありません。

そして彼は自分を鼓舞するように、未来を信じたのです。
いつかはわたしの絵は、理解されるに違いない。 キリストの3日後のご復活のように・・・

自分の芸術に対して、誇り高いエル・グレコは一点の疑いも持っていませんでしたが、
しかし彼の芸術は、なかなか世に理解されない・・・
ともすれば失われそうになる自信を奮い立たせるために・・・
エル・グレコは、このような希望と、それにも増して押し寄せる日々の苦悩と、
そんなジレンマと闘いながら、この絵を描いたのではないかと・・・

3日後ではありませんでしたが、エル・グレコの絵には、300年の時を経て、
19世紀も終わりに差し掛かった頃に、熱狂的な再評価の波が押し寄せてくることになるのです。
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参考壁紙  《 受胎告知
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プラド美術館展 特集壁紙
ムリーリョ、バルトロメ・エステバン 《 貝殻の子供たち
ムリーリョ、バルトロメ・エステバン 《 エル・エスコリアルの無原罪の御宿り
ディエゴ・ベラスケス・デ・シルヴァ 《 道化ディエゴ・デ・アセド " エル・プリモ "
エル・グレコ、( 本名:ドメニコス・テオトコプーロス ) 《 十字架を抱くキリスト
フランシスコ・デ・ゴヤ 《 魔女の飛翔 ( 魔術師の飛翔 )
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