|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
||
|
|
|
![]() |
![]() |
|||||
|
|
|
|
|
|
|
|
||
|
|
|
|||||||
|
ようこそ! 《 名画壁紙 美術館 》 へ! 《 名画デスクトップ壁紙 美術館 》 には、 現在、印象派ではゴッホの名画壁紙、ルノワールの名画壁紙、モネの名画壁紙、マネの名画壁紙、 その他の印象派名画壁紙、そしてアールヌーボーでは、クリムトの名画壁紙、ミュシャの名画壁紙、 その他に、バロックのレンブラントの名画壁紙、および、時代や画風を限定しない特別展・名画壁紙がそろっています。 最も新しい名画壁紙は 今週の 《 名画デスクトップ壁紙 》 をご覧ください。 名画 デスクトップ 壁紙は、印象派の画家たちの絵を中心に、世界の名画を壁紙に仕上げています。 絵を大切に考え、最低限必要なもの以外、できる限り無駄な装飾は加えていません。 世界の名画で、あなたのデスクトップを飾ってください。 |
| 壁紙をお持ち帰りの際は GuestBook に、感想などを頂ければ幸いです。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
今週の壁紙はこちら・・・ |
|
「 たった3年の恋は、不幸せですか? 」 このキャッチコピーとともにやってきた、『 モディリアーニと妻ジャンヌの物語展 』 この春4月から、東京 Bunkamura ザ・ミュージアム、札幌芸術の森美術館、と巡回して、待ち遠しかった展覧会が、 やっと大阪にやってきました。 大丸ミュージアム・梅田で、2007年8月29日から9月24日までやっています。 この後展覧会は、9月29日からは島根県立美術館、11月10日からは山口県立美術館に巡回します。 涙なくしては語れない、エコール・ド・パリの悲恋物語・・・ アメデオ・モディリアーニ 1916年、モディリアーニ32歳のおそらく12月、アカデミー・コラロッシで絵を学んでいた画学生、 18歳のジャンヌ・エビュテルヌと知り合います。 翌1917年7月、二人は同棲を始め、そうして翌1918年11月、娘のジャンヌ ( 母親と同名ですね ) が生まれます。 しかし元来が虚弱体質だったモディリアーニは、その頃、芸術家と言われる人々に流行していた酒・阿片・コカインに溺れ、 ますます体調を悪くして行き、35歳の1920年1月24日、結核性脳膜炎で帰らぬ人となってしまいます。 そしてその翌々日の朝5時、ジャンヌ・エビュテルヌも、両親の住むアパルトマンの6階から身を投げて、 わずか21歳の若い命を、自ら散らすのです。 その時彼女は二人目の子どもを身籠っていて、妊娠8ヶ月だったそうです・・・ 時あたかも第一次世界大戦が勃発した1914年、モディリアーニは芸術家仲間たちと共に兵役を志願しますが、 健康状態が極めて悪いため不合格となり、以後、出征する仲間たちを空しく見送る立場となってしまいます。 ちょうどこの直前、彫刻を目指していた彼は、画商の提言を聞き入れて絵画に転向しますが、 出征できない自身への苛立ちからか、猛烈に絵を描き始めます。 画商は、才能はあるが無名で、すぐには売れないモディリアーニの作品を買い溜めるにしても、 彫刻よりも絵画の方が保管に便利だという理由で転向を勧めたようですが、それは全く図に当たりました。 彼の主立った作品は、ほとんどこの第一次世界大戦中とそれ以後に描かれたものなのです。 苛立ちや世に認められないストレスからか、彼は日々、酒と麻薬に溺れるようになってしまいます。 画商はそんなモディリアーニの生活を改善しようとせず、悪化するに任せます。 一説には、かなりの量を買い溜めたモディリアーニの作品が、彼が死ぬことによって、 その相場が急上昇することを目論んでいたとか・・・ そんな頃に、18歳の画学生 ジャンヌ・エビュテルヌに会うのです。 ジャンヌの若さと美しさ、そしてその初々しさに惹かれたモディリアーニ。 ハンサムなモディリアーニの描く絵の素晴らしさに惹かれたジャンヌ。 たちまち二人は、画商の準備した小さな部屋で、ままごとのような同棲生活を始め・・・ しかしそれは、病弱で感受性が豊かすぎるためか、酒と麻薬のために今にも堕ちんとするモディリアーニを 懸命に、健気に支えようとするジャンヌの苦労の始まりで・・・ そしてモディリアーニは死に、ジャンヌは純真過ぎたがために、その二日後に彼の後を追う・・・ 従来語られていた伝説は、このようなものだったのですが・・・ このような伝説が出来上がった背景には、ジャンヌ自身が若すぎたがために、 彼女の作品はすでに芸術作品の域に達していたにも関わらず、まだまだ流通するに至っていなかった・・・ 画商も世間も彼女を知らず、彼女を認めていたのは彼女の家族と、そしてモディリアーニだけだった・・・ そのモディリアーニは死に、ジャンヌの遺族はあまりのショックとトラウマのために、 長らく彼女の作品を公表しようとせず、ジャンヌのコレクションと共に世間から隔離されていた・・・ そのために彼女の実像が不明で、モディリアーニの生前の生活と彼女のショッキングな後追い自殺と、 そんな表面的な現象から、定型的な解釈が行われ・・・ 純真な少女、薄幸の少女、健気な少女、悲劇の少女・・・ という世間好みのジャンヌ像が作られていったのではないか・・・ しかし、彼と彼女の実情は、少し違ったようなのです。 今回の展覧会は、近年新たに発見された、そのジャンヌ・エビュテルヌが遺したコレクションを主にした展覧会で、 そのジャンヌのコレクションの中には、モディリアーニが描いた油彩はもちろん、ジャンヌ自身が描いた油彩、 水彩、素描もかなりの量が含まれていて、モディリアーニとジャンヌの画家としての交流が俯瞰できる、 素晴らしく資料価値のあるもので、もちろん日本初公開。 ジャンヌの、才能がほとばしるような素描が多数展示されていたり、 従来知られていたモディリアーニ作品が描かれたのと同じモデル、同じ場所、同じ時に、 おそらくモディリアーニと画架を並べて描いたのだろうと思われる、ジャンヌの見事な作品が展示されていたり、 本当に素晴らしい展覧会なのです。 このコレクションにはジャンヌ自身の作品が多く含まれるということで、従来考えられていた、 ただ若く美しい画学生のジャンヌという伝説が、実は事実ではなく、 彼女はすでに、とても才能ある画家であり、モディリアーニも彼女の才能を含めて彼女を愛していたのではないのか・・・ 彼女はモディリアーニの、芸術家としての同志であったのではないのか・・・ そんな問い直しをしている展覧会でもあるのです。 しかし、こうして新事実が出てきても、モディリアーニとジャンヌの物語は決して色あせることなく、 ますます輝きを加えてくるのですから、素晴らしいですよね。 今回の展覧会には、彼と彼女の作品だけでなく、さすがにジャンヌの遺族が大切に保管してきたコレクションだけに、 興味深い写真や遺品、それにとても美しいジャンヌの遺髪まで展示されていて、大変見ごたえがありました。 会期が短いですが、お時間がありましたら、是非足を運んでみてください。 さて、今週の壁紙の 《 肩をあらわにしたジャンヌ・エビュテルヌ 》 ですが、この絵は未完成ですね。 顔や首から肩にかけては、愛情のこもった筆致で優しく描き上げられていますし、 背景部分も丁寧に仕上げられているのですが、胸から下、そして手の部分は、まだ下塗りのままです。 しかし僕は、この絵のジャンヌの目に、そして彼女の穏やかな表情に惹かれ、 まずこの絵を壁紙にしてしまいました。 モディリアーニは、目に瞳を入れない絵が多いのですが、 この絵には、ジャンヌの青い瞳がはっきりと描かれていますね。 ともすれば、何かの戸惑いとある種の物悲しさが漂うモディリアーニの作品にあって、 この絵は、見れば見るほど心が落ち着いてきて、不思議な安堵感に包まれます。 ミュージアムショップでも、思わずこの絵ともう一点、 モディリアーニが描いたジャンヌの絵の複製を買ってしまいました (^_^;) 来週も、そのモディリアーニが描いたジャンヌを壁紙にしたいと思っています。 お楽しみにね (=^-^=)ノ と同時に、長く 『 フィラデルフィア美術館展 』 特集が続いていましたし、今週と次週はモディリアーニだし、 クリムトやミュシャ、それにレンブラントなどの新作壁紙がなかなか掲載できていません。 決して忘れてしまっているわけではありませんので、もう少し、お待ちくださいね。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
||||||||||||||||||||||||||||
|
|
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
![]() |
|
|
|
||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||