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ようこそ! 《 名画壁紙 美術館 》 へ! 《 名画デスクトップ壁紙 美術館 》 には、 現在、印象派ではゴッホの名画壁紙、ルノワールの名画壁紙、モネの名画壁紙、マネの名画壁紙、 その他の印象派名画壁紙、そしてアールヌーボーでは、クリムトの名画壁紙、ミュシャの名画壁紙、 その他に、バロックのレンブラントの名画壁紙、および、時代や画風を限定しない特別展・名画壁紙がそろっています。 最も新しい名画壁紙は 今週の 《 名画デスクトップ壁紙 》 をご覧ください。 名画 デスクトップ 壁紙は、印象派の画家たちの絵を中心に、世界の名画を壁紙に仕上げています。 絵を大切に考え、最低限必要なもの以外、できる限り無駄な装飾は加えていません。 世界の名画で、あなたのデスクトップを飾ってください。 |
| 壁紙をお持ち帰りの際は GuestBook に、感想などを頂ければ幸いです。 |
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今週の壁紙はこちら・・・ ( 壁紙検索も出来ます ) |
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今週の壁紙は、2006年3月18日 ( 土 ) 〜 5月7日 ( 日 ) まで、奈良県立美術館で開かれている、 「 スコットランド国立美術館展 ( フランス印象派と19世紀スコットランドの画家たち ) 」 に 出展されていた作品で、初めてご紹介するウジェーヌ・ブーダンです。 僕はこの展覧会を3月19日に観に行っているのですが、いやぁ、いかにも英国人好みのコレクションで、 なんだか僕の好みにカチッとハマッてしまったようで、大満足な展覧会でした。 もう一度、会期が終了するまでに観に行きたいなぁ・・・ おいおい、この展覧会の他の出展作品も、壁紙に加工してご紹介して行きたいと思っていますので、お楽しみに (=^-^=)ノ さて・・・ 今週の壁紙ですが・・・ 実に開放感が感じられる海浜の風景画を主に描く画家ですが、このウジェーヌ・ブーダン、 この人がいなければ、ひょっとすれば「 印象派 」 そのものが存在しなかった可能性もある、重要な人物なんですね。 彼の絵は、いつも画面の半分以上を空が占めています。 あのカミーユ・コローをして 「 空の王者 」 と言わしめた彼の空は、青空にしろ曇り空にしろ、 その深みのある色が僕らを魅了して止みません。 風景画を描くときの、最初に引かれる横一本の線・・・ 水平線であり、地平線であるこの線を、ブーダンはいつも、画布の下、1/3から1/4の位置に引きます。 その線の下が海であり地上であって、人間が営々と、そして細々とした出来事に喜怒哀楽を繰り返す空間であり、 その上が空であって、無限に広がる神の空間・宇宙である・・・ ブーダンの絵には、そのような哲学的なものが存在するような、そんな感じを受けてしまいます。 彼の穏やかな人生観がなせる業なのかも知れません。 今週の絵画 《 ボルドーの港 》 も、実にバランスの取れた空と地上の構成・・・ 驚異的な機械文明の発達と生活スタイルの近代化から、年々変化してゆく港町の人々の生活を描きながら、 その上に大きく広く広がる空が、その人々の営みを優しく包み込んでいるような安堵感・・・ そんなものを、観た瞬間に感じ取れる穏やかさがあって、そんなところが大好きです。 ブーダンは1824年、ノルマンディ地方のオンフルールに、船乗りの子として生まれます。 絵を描くのが好きだった少年は、ル・アーヴルで文具や額縁を扱う店で働きながら絵を描いていましたが、 1847年、ミレーなど、この地で活動していた画家たちに勧められて、奨学金を得てパリに向かい、3年間、絵画の勉強をします。 しかし彼の技術は、バルビゾン派の影響を受けているとは言え、ほとんど独学で身に付けたと言っても良いでしょう。 ル・アーヴルに戻って制作を続けていたブーダンは、1855年、サロンに出品して高い評価を得ます。 たぶん、モネと知り合ったのもその頃なのでしょう。 当時15歳くらいの少年だったモネは、彼のいたずら心の現われなんでしょうね、戯画的ポートレイト ( カリカチュア )が 得意で、なんとそれがル・アーヴルの街で人気を博して売れていたというのですね。 彼はその絵を、街の額縁屋に持ち込んでは売ってもらって小遣い稼ぎをしていたようですが、 その額縁屋で、ブーダンと知り合うのです。 ブーダンは、そんないたずら好きで、ちょっと生意気な少年・モネが好きになり、 自分が野外で絵を描きに行くときに、何度もモネを誘うんですね。 文献をひも解くと、「 モネの才能を見抜いて・・・ 」 などと書かれているものも多いですが、 モネはこの頃、カリカチュアしか描いていませんし、おそらくそれは後付けの理由でしょう。 カリカチュアではデッサンの確かさは判っても、油彩画の才能までは見抜けるはずはないでしょう・・・ 彼は、皮肉屋でいたずら好きで、大人にはちょっと反抗的だけれど子供に対しては親切な・・・ そんなモネが、純粋に好きになったのだと思います。 「 私は生まれつき反抗的で、ごく幼いころでも、まったく規則には従わなかった。 ・・・中学はまるで牢獄のように思われ、たとえ1日4時間であっても、そこで暮らすことは考えられなかった 」 とモネは、この頃のことを後に語っていますが、 彼は 「 級友に対してとても優しく、すばらしい性格 」 との評価を得ていたことが学校の記録に残っています。 ブーダンは、彼が野外に写生に行く度にモネを誘うのですが、しかしモネはなかなか同行しようとしません。 油彩画にあまり興味を持てなかったようなのです。 誘ったのも何度目だったでしょう・・・ やっとモネが17歳になったころ、初めてブーダンに同行して、ルエルに絵を描きに行くのですね。 「 ・・・ブーダンはイーゼルを立て、描きはじめました。 ・・・それは突然目の前から霧が晴れていくかのような出来事でした。 私は絵画とは何であるのかを理解し、把握したのです。 ・・・その時、私の前に画家としての運命が開かれました。 私が画家になれたのは、ブーダンのおかげです 」 「 ブーダンは並々ならぬ好意をもって私を指導してくれました。 時とともに私の眼は開き、自然を理解し、愛するようになりました 」 モネはたぶん、この最初のルエル行で、あの17歳の名作 《 ルエルの眺め 》 を描いています。 このときブーダンは初めて、モネの才能に驚嘆したのではないでしょうか。 以来、モネとブーダンは私的な師弟関係を結び、彼はモネに多大な影響を与えるのです。 もしブーダンが何度も何度もモネを誘わなかったら、画家・モネは存在しなかったでしょうし、 画家・モネがいなかったら、あるいは 「 印象派 」 そのものも存在せず、 美術史も今とはずいぶん違った形になっていたかも知れませんね。 モネとブーダンの付き合いは終生続き、今週の壁紙の 《 ボルドーの港 》 を描いた1874年、 ブーダンは最初の 「 印象派展 」 にも出品していますが、彼はこの運動の一員と言うよりも、 本質的に印象派の画家たちの友人であり、あるいは彼らから模範とされる人物であったようです。 |
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